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虚言症 かつての少女だった私へ

皆さま こんばんは。

玲月彩良(れいげつ・さら)です。

 

今日は、上京していた家族のお見送りに東京駅に行きました。

 

3月の東京駅は、通勤の会社員の方だけでなく、外国の方、4月からの上京予定の方や付き添いであろう保護者風の方など、 様々な属性が想像できるたくさんの人たちでごった返していました。

 

3月が年度末の会社も多く、入学はまだまだ4月がスタンダードで、この時期はまさに出会いと別れが入り混じったドラマチックな時期。

 

東京駅を行き来しているたくさんの人たちを見ていて、頭の奥で何度も繰り返し流れてきたのが椎名林檎さんの「虚言症」。

 

椎名林檎さんの初期のアルバムの「勝訴ストリップ」に収録されています。

 

 

 ♪徒に疑ってみたりしなくても大丈夫  

 今君が一人で生きているなんて言えるの

 君は常に常にギリギリで生きる     

 あたしは何時も君を想っているのに♪

 

      『虚言症』の歌詞から引用

      作詞 椎名林檎

 

二番の歌詞のこの部分は、誰も信じたくなかったかつての私にそう言ってあげたくなります。

 

 

この時期のSNSを開くと、希望通りの進路が叶って意気揚々としている人、お別れをたくさんの人に見送られて新しいスタートを切る人が溢れています。

 

その信憑性は別として、流れるSNSを見ているうちに自分だけ取り残されたと孤独な気持ちでいっぱいになってしまうことはありませんか?

 

 

まだまだ社会的に自分を確立していない年齢である10代、20代。

 

 

可能性の塊でありますが、反面不安定で視野がどうしても狭くなる年代です。

 

 

 親や社会の庇護の中でしか生きられない年代の間は、自分の生育環境以外の世界を知ることができず、そして生きている年数が短い分だけどうしても経験数が少なく、自分が今いる状況が絶対で唯一無二だと思い込んでしまいます。

 

そのため、学校や会社などの組織、そして家族や友達間での自分の存在意義、居場所を切に求める傾向が強いように思います。

 

10代、20代はそれが叶わないともう自分の先がないと極端に思い込んで絶望しかねない繊細さを誰もが内に秘めている世代です。

 

自分をわかってくれる人、受け入れてくれる居場所は、確かに大切です。

 

人は一人では生きていけない生物の一種ですから、自分の身を守るためにも居場所は必要です。

 

理解ある周囲や居場所、対人関係があるからこそ、人は自分以外の「他人」の存在を肯定でき、人を大切にすること、愛することを学びます。

 

そして、自分以外の人と、お互いに与え与えられながら、自分の今世での人生をまっとうすることができるのです。

 

でも、自分が生きていく上で必要不可欠である自分の居場所や理解してくれる人たちは、今の自分の周りにしか存在しないのでしょうか?

 

 

そんなことはまったくありません。

 

人生は今だけのワンショットで終わる写真ではなく、今までもそしてこの先も続く連続小説のようなもの。

 

 

自分を理解してくれる人や自分の居場所にこの先、たくさん出会うチャンスはあります。

 

出会うのが今ではなかっただけえす。

 

 

反対に、今の自分の周りにそんな居場所を見つけられた人は、出会うチャンスが今だったというだけです。

 

 

そう考えると、今の自分の周りに居場所がなかった、もしくはあっても見つけられなかった人は、自分のせいではなく、今の環境が合わないだけなので、この先にいくらでも見つけることができますね。

 

むしろ、どんな人と出会うのだろう、自分はどこに居場所を作ろうとワクワクを想像して楽しむことだってできそうです。

 

 

 

ずっと一人ぼっちのままで、どこにも居場所がないと思い込んでいる人がいたら何度でも言ってあげたい。

 

 

今の環境がたまたま合っていないだけで、あなたは一人ではないんだよと。

 

 

大人になれば自分の意思で、行動すること、環境を選ぶことが今よりずっと簡単になり、自分に合う人、自分の居場所と出会うチャンスが今よりずっとたくさんになります。

 

そして様々な環境で、たくさんの人と出会い、色々な経験を積んでいくことは、自分に合う人や自分の居場所を見つけるためだけでなく、自分でも気が付かなかった新しい自分の一面を知ることができ、考え方が柔軟になります。

 

また、周りにどう思われるか、嫌われていないかと悩んでいることが、そこまで気にしているのは自分だけで、人という生き物は、自分のことが一番大事であり、他人のことはあまり気にしていないことにも気が付いたりします。

 

仮に失敗したとしても「しょせん人のこと」なので、時間が味方になって、自分が気にしているよりもずっと人はすぐに忘れることだと実感するようになります。

 

大人になって自分の行動範囲が広がると、自分の視野も広くなり、答えが一つではないことを学んで「白か黒か」の極端な思考に頼らなくてもよくなるのです。

 

人は、みんな自分のことで精一杯です。

 

それは自分だけでなく、幸せそうに見える周りも同じです。

 

みんな自分のことで精一杯です。

 

 

隣の芝生は青く見えるけど、みんな同じように案外ギリギリで生きています。

 

 

 

ギリギリで生きているから、たくさんは与えることはできないかもしれない。

 

でも、ほんの少しでも自分以外の人を想える自分がいて、同じようにほんの少しだけ自分を想ってくれる人がいるはずと信じていたい。

 

そんな小さな想いに気が付くことができる自分になれたら、きっと今よりもずっとたくさんの方と分かり合えて、たくさんの居場所を作ることができるのではないかと私は思います。

 

 

 

今辛くて辛くて仕方がない人、ずっと先を考えずに「とりあえず」明日のことだけ考えませんか?

 

明日のやることを淡々とこなしていけば明後日になります。

 

明後日の次は明々後日、そうやって一日一日を淡々と積み重ねていきましょう。

 

 

もし辛くなったら、目を閉じて何も考えず、羊さんを数えて眠ってください。

 

 

今の辛さは今だけの辛さ。

それならば、今の辛さを考えすぎない。

 

とりあえず一日一日を積み重ねていく。

 

その先に何があるかは考えずに「お楽しみ」として取っておく。

 

 

 

一人ぼっちだと思わないで。

 

 

あなたがまだ見ぬ誰かのためにギリギリで生きているのと同じように

 

あなたを想う誰かはあなたと出会うためにボロボロになりながら生きているから。